季節は初夏、鬱々とした雨が降り続いた梅雨がようやく明けて
陽射しが強くなり徐々に気温が上がり始めるそんな時期。
時刻は昼過ぎ
空には雲ひとつ無い青空が広がる快晴。
そんな中、夢慧はと言うと・・・。
「暇ねぇ・・・」
絶賛閑古鳥が鳴いていた。
昼過ぎという時間帯は道具店にやってくる人が一番少ない時間帯
思わず口から出た言葉とともにカウンターに片肘をついて溜め息を漏らして
少しだらしがないと思うが、暇なのだから致し方なし。
しばらく窓の外をぼーっと眺めていると扉が開く音が耳に入る。
道具達が『客だ!客だ!』と私に語りかけてくるが、大丈夫気付いてるわよ。
入口の方に目を向けると入ってきたお客さんを確認する。
長い銀髪を一つに結って、所謂ポニーテールってやつね。
左が青、右が赤の左右非対称の目でキョロキョロと店内を見回し、歳はそうね、学生くらいかしら?
魔力量が普通の人より多い気がするけど・・・魔法や魔術には触れてないと思われる。
とりあえず見て推測できるのは、将来有望な魔術師、魔法使いってところかしらね。
「すいませーん!」
一人観察して探偵ごっこをしていれば、私に気付いたお客さんが呼び掛けながらこちらにやってくる。
っとと・・・いけないわ、私は店主。推理じゃなくてちゃんと対応しなきゃだめよね。
私はカウンターの前に立てば、お客さんの方を向いて微笑みかけ
「いらっしゃいお客さん!魔術教本をお探し?それとも触媒かしら?」
それとなく推測、推理した結果、必要そうな物を提示して一緒に挨拶をしてみる
予想は当たってるかしら。と考えているとお客さんは”きょとん”として一瞬の沈黙・・・
ハッ!とすると、首を横に振ってから私を見て
「ここってナイフとか売ってますか?」
どうやら私の推測は思いっ切り空振りのようね・・・。
――――――
「へぇ・・・なるほどねぇ。」
「そう!だからナイフとか扱ってないかなぁって」
お客さん・・・時野谷架怜(トキノヤカレン)の話を聞くと
ある日突然姿を消した親友を探しに魔女に会いに行って、元々持っていた次元を超える力を呼び覚ましてもらい
って、元からそんな凄い能力持ってたなんて羨ましいわね・・・っとと話が逸れたわ。
そして一番最初に入った次元の世界で一悶着、色々あって変な組織的なものにご厄介になる。
次以降の世界でどんなことがあるか分からないから街で見かけた夢慧を訪れ準備を整えようと今に至ると・・・
掻い摘んで、聞いた話を説明したらこんなところかしらね。
私は素直に凄いと思ったわ。
例え親友だとしても、未知の世界、頼る人もいない世界に飛び込むなんて・・・
自分だったら考えられないわ。きっと感心したような表情してるわよ今。
なにはともあれ、お客さんが求める物、そして要望は
『他の世界がどんなところか分からないから、サバイバルを想定してナイフと、片手で扱える近接武器が欲しいなぁ』
『ナイフと武器は持ち運ぶのが大変だから出来るだけ軽い奴がいい!』
『武器は切れ味とかより耐久性を重視して欲しいかな』
とのことで・・・
サバイバルということを想定してナイフを選出する辺り、私は少し疑問に思うけど
まぁお客さんの要望だし、そこは黙っておくとしよう。
私はお客さんに『探してみるわね?』と一言伝えるとカウンター近くの棚からファイルを二冊取り出す。
一冊目のファイルを開けばペラペラとページを捲る、ページの中身は武器類の詳細だ。
先に言っておくと夢慧の店内に武器の類は並べてはいないわ、なにかあったら危ないからね。
ファイルから武器を選出して倉庫まで私が取りに行く、といった感じになっているのよ。
最初はナイフから探しましょう。
やはりシンプルなサバイバルナイフでいいかしらね、扱いやすく軽いもの。
詳細を眺めると刃渡りは10cm、峰側が鋸状になっていて枝など切るときに便利な両刃型のナイフ
私が作ったやつではない既製品だけども、品質は私がチェックしてあるし大丈夫でしょ。
次が問題、片手で扱える近接武器。
片手剣、刺剣、ナイフにメイス、あげればキリがないのよねぇ・・・
とりあえず軽いやつということに観点を置いて、短剣をチョイスすると
もう一冊のファイルを開き、ページを捲る。
しかし短剣の重量なんてのは似たり寄ったりで、刃の長さ自体も大した差もなし。
要望である耐久性で考えるのもいいが、そこは私が製作したものであればこれまた問題なし。
これでも店主として道具作りには自信を持っている、私の道具はそんな柔じゃないもの。
余程のことがなければ壊れるわけはない!と胸を張って言えるわ。
また振り出しか、と考えながらページを捲るとそこで捲る手が止まった。
詳細を確認すれば、要望にもキッチリ嵌る。
私はファイルからナイフと短剣のページの紙、計二枚を取り出すとジッと待っていたお客さんに顔を向け
「良い感じのものがあったから実物を持ってくるわ、待っててもらえるかしら?」
そう伝えると、素直にコクコクと頷き微笑むお客さんを見れば
二枚の紙を手にしてカウンターの奥にある扉、私の家の入口へと歩を進めた。
―――――――
店と家を挟む扉を閉めると靴を脱いで
いつもの見慣れた廊下、倉庫への道を歩き始める。
道すがら、先ほど手にした二枚の紙の内の一枚に目を向ける。
短剣のほうの詳細だ。
短剣、名称は「妖精の短剣」
妖精と呼ばれる種族が持つ技術を使い
特殊な鉱石を加工し、刃に使用した短剣だ。
刃渡りは17cmの両刃型のものであり、変わった能力を持っていて
それは、使用者の好きなように重さを変えられるという能力。
妖精が持っていた技術を私が伝承や手記、そして妖精から直接教わり
この短剣を作成した、私作の一つである。もちろん自信アリの一品!
・・・名前が安直なのはそっとしておいて頂戴。
妖精の大きさは手のひらくらいの小さいサイズだったわ。
昔はそれなりに見かけられたらしいけれど、今じゃパッタリ見ない。
お店に妖精が来たのかなり幸運だったのねぇ・・・。
昔を思い出していれば倉庫に何事も無く到着。
辺りを軽く見回すと薄暗く、いくつかの大きな棚に様々な道具達。
色々な道具が語りかけてくる中、挨拶程度を返し、目的のファイルの詰まった棚の前に行き
量のあるファイルを目で確認しながら二冊ほど棚から出してはページを捲る。
はぁ、しかしまぁ量があるから探すのも一苦労ね・・・。
溜め息が出そうになるのグッと我慢すればページを捲る手を止めて中から一枚紙を取る。
同じ工程をもう一度、二冊目のファイルを使ってすれば、また一枚紙を取り出し、ファイル二冊を棚に戻す。
私の手には四枚紙がある。
一枚はサバイバルナイフの詳細が載った紙、その裏面に先程取り出した一枚の術式が書かれた紙を合わせ
もう一枚、妖精の短剣の詳細が載った紙を同じく先程取り出した術式の書かれた紙と合わせる。
四枚だった紙が二枚ずつでペアを組み、また二枚に戻る。
左にはサバイバルナイフのペア、右には妖精の短剣のペア。
「すぅ・・・はぁ・・・」
目を瞑り、深呼吸をすれば自身の気持ちを落ち着かせ集中。
二枚の紙達に微力ながら魔力を送り始める。
紙が光り始めるのを合図にそっと床に置き、少し距離をとって
パンッパンッ、と手を叩き、乾いた音が静かな倉庫に響き渡る。
すると紙が置いてあった場所には煙が漂い、紙の姿が無い。
代わりに黒い鞘に入ったナイフと白い鞘に入った短剣が床に存在していた。
「相変わらず便利よねぇ。夢慧式収納術。」
私は呟きながら二本の刃物へと歩み寄り、手に取る。
まずはナイフを鞘から抜き出すと、品質を確認してみる。
大丈夫問題なし。刃に錆もカビも歪みもない、ナイフ自体のメンタルもバッチリ!
次に妖精の短剣、金色の柄を引き白い鞘から刀身を抜き出してみる。
深緑色の刃が姿を現せば色々な角度から眺めて、軽く振り回す。
うん、大丈夫、問題はなし。
二つの刃物を鞘に戻すと、手に携えて立ち上がる。
道具達の状態は万全、ここからは私の仕事・・・。
この子達を使ってもらえるようにする、道具は使ってもらうからこそ道具なのだ。
絶対に売ってみせると心に誓い、私は倉庫を後にした。
――――――
「戻ったわよ~・・・って何してるの?」
「べ、別に触ろうとなんかしてないよ!?」
「いや、触ったくらいじゃ怒りはしないわよ・・・」
私は倉庫から戻り、店への扉を開けると声を掛ける。
お客さんはというと棚にある道具に恐る恐る触れようとしていたところ、私の声を聞き慌てて否定する。
道具屋、なんだから道具に触れたくらいじゃ怒りはしないわよ・・・。
呆れた表情をしながら持ってきた品をカウンターに置いて見せる。
私が置いた物を見ようとトテテ、と効果音が合いそうな寄り方でカウンターを覗く。
一つずつ指を指して
「黒い鞘のほうがサバイバルナイフ、白い鞘のほうが短剣、名前は妖精の短剣ってところね」
どちらも鞘から刀身を抜き取り、先程のような説明をする。
お客さんは、おぉ。と感嘆な声をあげながらじっと眺める。
特に妖精の短剣の説明をしたときなんかはキラキラと好奇心に満ちた目で見つめていた。
そんな様子のお客さんを見れば短剣を差し出し
「試してみる?」
すると、少し驚くもブンブンと首を振り肯定の意を示したので
短剣を渡し使用方法を説明する。といってもただ重さを思い浮かべるだけなんだけど・・・。
例えば羽のような軽さを思い浮かべる、とか。大きなタンスのような重さを思い浮かべる、とか。
思いつく例をあげると彼女は目を瞑り集中する。
わずかな静寂の後、短剣の刀身が仄かに輝きを纏い始め
輝きが消えると同時にお客さんがカクッとバランスを崩し、ワタワタと慌てる。
「えっ!わっ!軽っ!?」
驚きと興奮が入り混じった表情をしながら短剣をビュンビュンと軽々振り回す。
質量や切れ味などはそのまんまだからどこかにぶつけたりしないかヒヤヒヤしながら眺めていると
満足したのか同じように目を瞑りと一連の動作をして重さを元に戻したようだ。
彼女は一つ頷けば、何かを決意してから私の方へと顔を向ける。
「うん、決めた。これいくらかな?」
「そうねぇ・・・ナイフが9800円、短剣が50000円かしらね。」
私が値段を提示すると、うっ!と顔をしかめる。
唸りながら額を抑え『やっぱり高い・・・』『でも生活を切り詰めれば買えなくないし・・・』
一人ごちに苦悶の言葉を呟く。
今現在、私は笑顔でその様子を見守っているが、内心は穏やかではなかった。
さて、どうしたものか。このままでは買わない可能性が出てきてしまう・・・
おばあ様曰く、お客さんは大事に、ただし値切りに負けるな。とのこと。
別に値切ること自体は悪くない、そこで足元を見られてはいけないのだ。
彼女が苦悶している中、私も頭を悩ませる・・・。
私が取った決断は。
「二つ合わせて30000円でいいわよ?」
「ふぇっ?いいの!?」
赤字ギリギリまで値段を下げる。
正直あまり得策とは言えないが、まぁ彼女なら平気だろうと踏んだ結果だ。
その証拠に既に値切ろうとする様子は見られない。
「えぇ、構わないわよ?またこの夢慧に来てくれるならね。」
「うん!いくらでも来ちゃうよ!」
彼女は財布を取り出すと札を三枚私に差し出してくる。
それを受け取り、キッチリ数えそっとカウンターの引き出しにしまい
短剣とナイフを鞘に収まっているの確認すれば彼女にそっと手渡して。
嬉しそうに二つを受け取る彼女を見ると思わず笑みが溢れる。
確かに道具を売ることも大事。
だけどそれ以上に『道具を大切に扱ってくれる人』に道具を渡すほうが大事。
お客さんである彼女は私に礼を言うとペコリとお辞儀をしたあと入口へ向かう。
「じゃあね!睡夢ちゃん、また来るから!」
ちゃん付けされたことに少し驚いたが、苦笑しながらも店から出て行く背中を見送る。
彼女の旅路に、そして売った道具達に幸あれ。そう願いこめながら。
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしてるわ。」
閉まりかけの扉に静かに声を掛ける。
扉が完全に閉まれば、店内にはいつもの静けさが戻った。
私は扉を一度眺め、いつもの定位置の椅子へと歩み寄り、また腰を掛ける。
「暇ねぇ・・・」
―今度は少し、幸せな顔つきで呟いた。―
――――――
よろず道具店夢慧
ここではお客さんが想い、願うものがおおよそ恐らく多分きっと手に入る・・・そんなお店。
ご来店ありがとうございました。
【よろず道具店夢慧の来客―時野谷架怜―】 END
陽射しが強くなり徐々に気温が上がり始めるそんな時期。
時刻は昼過ぎ
空には雲ひとつ無い青空が広がる快晴。
そんな中、夢慧はと言うと・・・。
「暇ねぇ・・・」
絶賛閑古鳥が鳴いていた。
昼過ぎという時間帯は道具店にやってくる人が一番少ない時間帯
思わず口から出た言葉とともにカウンターに片肘をついて溜め息を漏らして
少しだらしがないと思うが、暇なのだから致し方なし。
しばらく窓の外をぼーっと眺めていると扉が開く音が耳に入る。
道具達が『客だ!客だ!』と私に語りかけてくるが、大丈夫気付いてるわよ。
入口の方に目を向けると入ってきたお客さんを確認する。
長い銀髪を一つに結って、所謂ポニーテールってやつね。
左が青、右が赤の左右非対称の目でキョロキョロと店内を見回し、歳はそうね、学生くらいかしら?
魔力量が普通の人より多い気がするけど・・・魔法や魔術には触れてないと思われる。
とりあえず見て推測できるのは、将来有望な魔術師、魔法使いってところかしらね。
「すいませーん!」
一人観察して探偵ごっこをしていれば、私に気付いたお客さんが呼び掛けながらこちらにやってくる。
っとと・・・いけないわ、私は店主。推理じゃなくてちゃんと対応しなきゃだめよね。
私はカウンターの前に立てば、お客さんの方を向いて微笑みかけ
「いらっしゃいお客さん!魔術教本をお探し?それとも触媒かしら?」
それとなく推測、推理した結果、必要そうな物を提示して一緒に挨拶をしてみる
予想は当たってるかしら。と考えているとお客さんは”きょとん”として一瞬の沈黙・・・
ハッ!とすると、首を横に振ってから私を見て
「ここってナイフとか売ってますか?」
どうやら私の推測は思いっ切り空振りのようね・・・。
――――――
「へぇ・・・なるほどねぇ。」
「そう!だからナイフとか扱ってないかなぁって」
お客さん・・・時野谷架怜(トキノヤカレン)の話を聞くと
ある日突然姿を消した親友を探しに魔女に会いに行って、元々持っていた次元を超える力を呼び覚ましてもらい
って、元からそんな凄い能力持ってたなんて羨ましいわね・・・っとと話が逸れたわ。
そして一番最初に入った次元の世界で一悶着、色々あって変な組織的なものにご厄介になる。
次以降の世界でどんなことがあるか分からないから街で見かけた夢慧を訪れ準備を整えようと今に至ると・・・
掻い摘んで、聞いた話を説明したらこんなところかしらね。
私は素直に凄いと思ったわ。
例え親友だとしても、未知の世界、頼る人もいない世界に飛び込むなんて・・・
自分だったら考えられないわ。きっと感心したような表情してるわよ今。
なにはともあれ、お客さんが求める物、そして要望は
『他の世界がどんなところか分からないから、サバイバルを想定してナイフと、片手で扱える近接武器が欲しいなぁ』
『ナイフと武器は持ち運ぶのが大変だから出来るだけ軽い奴がいい!』
『武器は切れ味とかより耐久性を重視して欲しいかな』
とのことで・・・
サバイバルということを想定してナイフを選出する辺り、私は少し疑問に思うけど
まぁお客さんの要望だし、そこは黙っておくとしよう。
私はお客さんに『探してみるわね?』と一言伝えるとカウンター近くの棚からファイルを二冊取り出す。
一冊目のファイルを開けばペラペラとページを捲る、ページの中身は武器類の詳細だ。
先に言っておくと夢慧の店内に武器の類は並べてはいないわ、なにかあったら危ないからね。
ファイルから武器を選出して倉庫まで私が取りに行く、といった感じになっているのよ。
最初はナイフから探しましょう。
やはりシンプルなサバイバルナイフでいいかしらね、扱いやすく軽いもの。
詳細を眺めると刃渡りは10cm、峰側が鋸状になっていて枝など切るときに便利な両刃型のナイフ
私が作ったやつではない既製品だけども、品質は私がチェックしてあるし大丈夫でしょ。
次が問題、片手で扱える近接武器。
片手剣、刺剣、ナイフにメイス、あげればキリがないのよねぇ・・・
とりあえず軽いやつということに観点を置いて、短剣をチョイスすると
もう一冊のファイルを開き、ページを捲る。
しかし短剣の重量なんてのは似たり寄ったりで、刃の長さ自体も大した差もなし。
要望である耐久性で考えるのもいいが、そこは私が製作したものであればこれまた問題なし。
これでも店主として道具作りには自信を持っている、私の道具はそんな柔じゃないもの。
余程のことがなければ壊れるわけはない!と胸を張って言えるわ。
また振り出しか、と考えながらページを捲るとそこで捲る手が止まった。
詳細を確認すれば、要望にもキッチリ嵌る。
私はファイルからナイフと短剣のページの紙、計二枚を取り出すとジッと待っていたお客さんに顔を向け
「良い感じのものがあったから実物を持ってくるわ、待っててもらえるかしら?」
そう伝えると、素直にコクコクと頷き微笑むお客さんを見れば
二枚の紙を手にしてカウンターの奥にある扉、私の家の入口へと歩を進めた。
―――――――
店と家を挟む扉を閉めると靴を脱いで
いつもの見慣れた廊下、倉庫への道を歩き始める。
道すがら、先ほど手にした二枚の紙の内の一枚に目を向ける。
短剣のほうの詳細だ。
短剣、名称は「妖精の短剣」
妖精と呼ばれる種族が持つ技術を使い
特殊な鉱石を加工し、刃に使用した短剣だ。
刃渡りは17cmの両刃型のものであり、変わった能力を持っていて
それは、使用者の好きなように重さを変えられるという能力。
妖精が持っていた技術を私が伝承や手記、そして妖精から直接教わり
この短剣を作成した、私作の一つである。もちろん自信アリの一品!
・・・名前が安直なのはそっとしておいて頂戴。
妖精の大きさは手のひらくらいの小さいサイズだったわ。
昔はそれなりに見かけられたらしいけれど、今じゃパッタリ見ない。
お店に妖精が来たのかなり幸運だったのねぇ・・・。
昔を思い出していれば倉庫に何事も無く到着。
辺りを軽く見回すと薄暗く、いくつかの大きな棚に様々な道具達。
色々な道具が語りかけてくる中、挨拶程度を返し、目的のファイルの詰まった棚の前に行き
量のあるファイルを目で確認しながら二冊ほど棚から出してはページを捲る。
はぁ、しかしまぁ量があるから探すのも一苦労ね・・・。
溜め息が出そうになるのグッと我慢すればページを捲る手を止めて中から一枚紙を取る。
同じ工程をもう一度、二冊目のファイルを使ってすれば、また一枚紙を取り出し、ファイル二冊を棚に戻す。
私の手には四枚紙がある。
一枚はサバイバルナイフの詳細が載った紙、その裏面に先程取り出した一枚の術式が書かれた紙を合わせ
もう一枚、妖精の短剣の詳細が載った紙を同じく先程取り出した術式の書かれた紙と合わせる。
四枚だった紙が二枚ずつでペアを組み、また二枚に戻る。
左にはサバイバルナイフのペア、右には妖精の短剣のペア。
「すぅ・・・はぁ・・・」
目を瞑り、深呼吸をすれば自身の気持ちを落ち着かせ集中。
二枚の紙達に微力ながら魔力を送り始める。
紙が光り始めるのを合図にそっと床に置き、少し距離をとって
パンッパンッ、と手を叩き、乾いた音が静かな倉庫に響き渡る。
すると紙が置いてあった場所には煙が漂い、紙の姿が無い。
代わりに黒い鞘に入ったナイフと白い鞘に入った短剣が床に存在していた。
「相変わらず便利よねぇ。夢慧式収納術。」
私は呟きながら二本の刃物へと歩み寄り、手に取る。
まずはナイフを鞘から抜き出すと、品質を確認してみる。
大丈夫問題なし。刃に錆もカビも歪みもない、ナイフ自体のメンタルもバッチリ!
次に妖精の短剣、金色の柄を引き白い鞘から刀身を抜き出してみる。
深緑色の刃が姿を現せば色々な角度から眺めて、軽く振り回す。
うん、大丈夫、問題はなし。
二つの刃物を鞘に戻すと、手に携えて立ち上がる。
道具達の状態は万全、ここからは私の仕事・・・。
この子達を使ってもらえるようにする、道具は使ってもらうからこそ道具なのだ。
絶対に売ってみせると心に誓い、私は倉庫を後にした。
――――――
「戻ったわよ~・・・って何してるの?」
「べ、別に触ろうとなんかしてないよ!?」
「いや、触ったくらいじゃ怒りはしないわよ・・・」
私は倉庫から戻り、店への扉を開けると声を掛ける。
お客さんはというと棚にある道具に恐る恐る触れようとしていたところ、私の声を聞き慌てて否定する。
道具屋、なんだから道具に触れたくらいじゃ怒りはしないわよ・・・。
呆れた表情をしながら持ってきた品をカウンターに置いて見せる。
私が置いた物を見ようとトテテ、と効果音が合いそうな寄り方でカウンターを覗く。
一つずつ指を指して
「黒い鞘のほうがサバイバルナイフ、白い鞘のほうが短剣、名前は妖精の短剣ってところね」
どちらも鞘から刀身を抜き取り、先程のような説明をする。
お客さんは、おぉ。と感嘆な声をあげながらじっと眺める。
特に妖精の短剣の説明をしたときなんかはキラキラと好奇心に満ちた目で見つめていた。
そんな様子のお客さんを見れば短剣を差し出し
「試してみる?」
すると、少し驚くもブンブンと首を振り肯定の意を示したので
短剣を渡し使用方法を説明する。といってもただ重さを思い浮かべるだけなんだけど・・・。
例えば羽のような軽さを思い浮かべる、とか。大きなタンスのような重さを思い浮かべる、とか。
思いつく例をあげると彼女は目を瞑り集中する。
わずかな静寂の後、短剣の刀身が仄かに輝きを纏い始め
輝きが消えると同時にお客さんがカクッとバランスを崩し、ワタワタと慌てる。
「えっ!わっ!軽っ!?」
驚きと興奮が入り混じった表情をしながら短剣をビュンビュンと軽々振り回す。
質量や切れ味などはそのまんまだからどこかにぶつけたりしないかヒヤヒヤしながら眺めていると
満足したのか同じように目を瞑りと一連の動作をして重さを元に戻したようだ。
彼女は一つ頷けば、何かを決意してから私の方へと顔を向ける。
「うん、決めた。これいくらかな?」
「そうねぇ・・・ナイフが9800円、短剣が50000円かしらね。」
私が値段を提示すると、うっ!と顔をしかめる。
唸りながら額を抑え『やっぱり高い・・・』『でも生活を切り詰めれば買えなくないし・・・』
一人ごちに苦悶の言葉を呟く。
今現在、私は笑顔でその様子を見守っているが、内心は穏やかではなかった。
さて、どうしたものか。このままでは買わない可能性が出てきてしまう・・・
おばあ様曰く、お客さんは大事に、ただし値切りに負けるな。とのこと。
別に値切ること自体は悪くない、そこで足元を見られてはいけないのだ。
彼女が苦悶している中、私も頭を悩ませる・・・。
私が取った決断は。
「二つ合わせて30000円でいいわよ?」
「ふぇっ?いいの!?」
赤字ギリギリまで値段を下げる。
正直あまり得策とは言えないが、まぁ彼女なら平気だろうと踏んだ結果だ。
その証拠に既に値切ろうとする様子は見られない。
「えぇ、構わないわよ?またこの夢慧に来てくれるならね。」
「うん!いくらでも来ちゃうよ!」
彼女は財布を取り出すと札を三枚私に差し出してくる。
それを受け取り、キッチリ数えそっとカウンターの引き出しにしまい
短剣とナイフを鞘に収まっているの確認すれば彼女にそっと手渡して。
嬉しそうに二つを受け取る彼女を見ると思わず笑みが溢れる。
確かに道具を売ることも大事。
だけどそれ以上に『道具を大切に扱ってくれる人』に道具を渡すほうが大事。
お客さんである彼女は私に礼を言うとペコリとお辞儀をしたあと入口へ向かう。
「じゃあね!睡夢ちゃん、また来るから!」
ちゃん付けされたことに少し驚いたが、苦笑しながらも店から出て行く背中を見送る。
彼女の旅路に、そして売った道具達に幸あれ。そう願いこめながら。
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしてるわ。」
閉まりかけの扉に静かに声を掛ける。
扉が完全に閉まれば、店内にはいつもの静けさが戻った。
私は扉を一度眺め、いつもの定位置の椅子へと歩み寄り、また腰を掛ける。
「暇ねぇ・・・」
―今度は少し、幸せな顔つきで呟いた。―
――――――
よろず道具店夢慧
ここではお客さんが想い、願うものがおおよそ恐らく多分きっと手に入る・・・そんなお店。
ご来店ありがとうございました。
【よろず道具店夢慧の来客―時野谷架怜―】 END
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